第13回 アンティークと音楽
第13回 アンティークと音楽
(コミュニケ2000年4月号掲載)
はじめてのロンドンのポートベローの蚤の市でのことです。何を売っている店かは忘れましたが、露店商のオヤジが椅子にもたれて、口笛を吹きながら店番をしていました。よく耳を傾ければ、なんとベートーベンの3番「英雄」の一節でした。日本の露店商のオヤジならたいてい、鼻歌混じりで演歌あたりを唸っているところでしょう。
こういうことを書けば”それは単なる国民性の違いだ。彼らには演歌の良さが解らないだけだ”という人がいるでしょうが、そういった批判を予測しながら敢えて、アンティークと音楽、それもクラシック音楽について述べてみたいと思います。
そもそも何故このようなことを書いてみようと思ったかと言いいますと、当店の顧客に圧倒的にクラシック音楽のファンが多いからなのです。それこそプロの音楽家だけでも数十人はおられるし、単なる愛好家はその何十倍でしょう。
考えてみれば当然かも知れません。クラシックのコンサートに出かけて、その客層を観察して見れば、アンティークの好きな客層とオーバーラップしていることがすぐに推測できます。
まず目につくのは、コマダムではない上品な主婦層、ゴルフや麻雀、カラオケ等のオヤジの趣味からは縁遠い中年男性、コギャルでない女子高生、そしてシャネラーでない女子大生などです。彼らは、平均より少し真面目な中流階級かそれ以上の人達で、適度にディレッタントといえます。
また、SMAPを見てキャーキャー騒ぐのは、知性や教養や見栄が許さない。こうした人達にアンティーク家具の良さを語ってみれば、実に素直に理解してくれます。逆にコマダムやオヤジ、シャネラーあたりにはなかなか骨が折れます。こうした人達には、アンティーク家具と、アンティークに似せた現代の家具の違い(良さ)が理解できません。プラチナ台のダイヤの指輪には惜しげもなくお金を使うが、アンティークジュエリーの良さはなかなか理解できないようです。
イギリス人は、エルガーの「威風堂々」を第2の国歌として愛し、夏にはTシャツやジーパンでも楽しめる「プロムス」のコンサートがロンドンの各地で開かれ、24時間クラシック音楽だけを放送している「クラシックFM」が存在します。(当店ではリアルタイムでこの放送をBGMで聴けます)
また、民放の老舗「ITV」のニュースキャスターであるジョン・スシェ氏はベートーベンの伝記作家としても有名で、数百ページに及ぶ大書を2冊も出版していますし、政界では、ユーロを育てた元EC委員会委員長のジャック・ドロール氏はオーケストラの指揮者として名高く、エドワード・ヒース元首相は指揮も出来るうえ、ハープシコードの演奏者でもあります。元吉本の芸人が知事になる日本とは大きな違いがあります。
そう、考えてみればクラシック音楽もアンティークといえると思います。バロックから現代までずっと嗣がれてきた物といえます。古き良き物を理解する精神は同じ土壌にあるのかも知れません。ギトギトした演歌歌手に入れあげるオバちゃんにはアンティークは縁の無い存在かも知れません。
(マイフェアレディの舞台になったコベントガーデンの蚤の市、広場では大道芸も見られる。近くにはロイヤルオペラハウスもある。)
このエッセイは10年以上前に書き上げたものですので、現在の状況と違う点があるかも知れませんがご了承下さい。