第14回 ガーデニングブームに一言
第14回 ガーデニングブームに一言
(コミュニケ2000年4月号掲載)
イギリスの農村地方の普通の家庭にはたいてい前庭と裏庭がある。前庭はお客様が訪れてきたとき真っ先に目にする場所だから、蔓性の植物や花を植えたり、季節による入れ替えが可能なコンテナを置いたりすることが多いようだ。
裏庭はたいてい前庭の2,3倍はあって、芝生があるのが普通である。そしてその家の主婦が前庭を手入れするのであるが、裏庭の芝刈りはご主人の仕事で、土曜日ともなれば、あちらこちらでエンジンの音が聞こえてくるわけである。
芝刈りが終われば、彼らはパブへ行ってビールを飲みながら、テレビで地元のマンチェスター・ユナイテッド(サッカーチーム)を応援する。しかしながら、あまり庭の手入れをしない家庭も結構あるようだ。たいていの家庭は生やしっぱなしの芝を時々刈るくらいである。それでもそれほど見苦しい感じがしないのは、この国の冷涼な気候のためで、雑草の伸びるスピードが違うわけである。
日本のガーデニングは、言ってみれば雑草との戦いである。ひと夏手入れを怠ればそれこそジャングルのようになってしまう。
私の住んでいる志賀町にも京阪神の人たちが所有している別荘がたくさんある。夏休みともなればそうした人たちがドッとやってくるのであるが、そのほとんどの人が折角の休暇を別荘の芝刈りや、雑草抜き、枝刈りなどで終わってしまう。自然を観察して豊かな気持ちになるどころか、体力を消耗してヘトヘトになって、また都会へ帰って行くわけである。
イギリスでのガーデニングは、雑草との戦いをあまり必要としないし、彼らは我々より体力もあるわけで、広い庭でも実にノンビリとガーデニングを楽しんでいるように見える。
日本ではイングリッシュガーデンが今トレンドだと言えば、あちこちのホームセンターに東南アジア辺りから入ってきた「まがいもの」のグッズが並べられる。またそれを買って自分の小さな庭に飾ることが“オシャレ”であり、まるで急きたてられるようにブームに乗ってしまう。
本当のガーデニングとはその正反対にあるもの、古いチムニーを利用したり、ビクトリア時代の古ぼけた石造りのフラワーポットに花を飾ったり、こうした歴史的遺物のなかに身を置きノンビリと時を過ごす。一歩室内に足を踏み入れれば、傷だらけではあるけれども時代を感じさせる古びた食卓があり、その上の燭台に火を灯し、暖炉の薪の燃える音と匂いを感じながら食事するという幸せをどれほどの日本人が味わえるというのだろうか。
日本にも昔は囲炉裏端(いろりばた)というこれに似た空間があったはずだ。イギリス人はこうした空間をできるだけ残そうとしている。そうした彼らの想いのなかにガーデニングもあるような気がしてならない。「ハウステンボス」だの「スペイン村」だのという“まがいもの”の空間に熱中する前に今一度、古いものに目を向け、住環境を守っていきたいものである。
ウエルズの庭
(ウエルズの某アンティークディーラーの裏庭)
このエッセイは10年以上前に書き上げたものですので、現在の状況と違う点があるかも知れませんがご了承下さい。