第15回 ロンドンの地下鉄
第15回 ロンドンの地下鉄
(コミュニケ2000年6月号掲載)
前回と前々回では、いささかイギリスの良い面ばかりを書きすぎたように思います。確かに現在、世界のスタンダードとして通用しているものの多くのはイギリスで生まれました。議会制民主主義しかり、ケインズの経済理論しかり、近代物理学の創始者はニュートンであり、ダーウィンは「進化論」を唱えました。現代ではホーキング博士の先端宇宙論が著名です。
我々日本人は、往々にして国の力を経済力と同一視して、GDPが低いイギリスを「黄昏(たそがれ)の国」と呼び、「英国病」という言葉で軽蔑してきました。しかし彼らは、経済が良いことが必ずしも「良い社会」の条件とは考えていないようです。
今回は、ロンドンの地下鉄を観察して、イギリス人と日本人の国民性の違いを見てみたいと思います。
この連載の第2回でも書きましたように、私が初めてロンドンの蚤の市を見て回った時は、ほとんど毎日、地下鉄を利用しました。もし、多少の日常会話が出来て一人でロンドンを観光してみたいと思うなら、地下鉄がお奨めです。というのは地下鉄の中にイギリスの凝縮した姿が見えるからなのです。旅行会社の企画した、添乗員のガイドするツアーでは味わえないイギリスの日常を見ることができるからなのです。
地下鉄に乗ってまず驚きますのは、車内のゴミの多さです。読み終えた新聞、サンドイッチの容器、マクドナルドの袋など様々な種類のゴミが散見されます。またある時など、車内で若者が突然ギターを掻き鳴らしながら歌い出し、終わると帽子を持ってお金を集めだしたことがありました。車掌も客を降ろしたあと車内を点検しようともしません。私にとってはこれが結構快適で落ち着きます。電車の中で他人が何をしようと、お互い気にしない雰囲気が居心地が良いのです。
また、ホームの改札では黒人のファンキーなオッチャンが鋏でチョキチョキと拍子をとりながら、大声で踊りを交えて歌いながら切符を切っている光景にも出会いました。
ロンドンの地下鉄は路線によっては、かなり地中深くを走っています。地上からかなり長いエスカレーターに乗ってホームまで降りてゆきますが、そのエスカレーターの壁に色々なポスターが貼ってあって、これを見るのがまた楽しいのです。数年前、「イッセー尾形」の一人芝居の公演ポスターを見かけたことがありました。
地下の構内では、よくストリートミュージシャンが楽器を演奏していることがあります。ギターはもちろんヴァイオリン、リコーダーなど、プロ顔負けの演奏を聞かせてくれる者も大勢います。もちろん構内で座り込んで「小銭くれ」とせびるホームレスも時々見かけることがあります。
地下鉄利用を私が奨めるもう一つの理由は、その運賃のシステムにあります。1日2回以上利用するなら「トラベルカード」を利用して乗り放題。さらに1週間乗り放題の同カードもあり、これがメチャメチャ安いのです。また駅の改札を出ると、見知らぬ人が寄ってきて「その券をもう使わないなら譲ってくれ」と言ってくるのにも驚きます。つまり1日乗車券は改札で回収されないので、用が済めば捨てるだけなので人の使っていたチケットでも別に問題はないのです。この券はバスにも使えるのだから便利なのです。
地下鉄のホームによっては、かなり急なカーブのものがあり、停車した時に、ホームと電車の間に隙間が出来て、うっかり足を踏み外すと危険なところがあります。そんなところでは、ホームで「mind your gap」(隙間に注意)というアナウンスが繰り返し流されます。電車が通り過ぎてふとホームの向かい側の壁を見ると、真っ赤なワンピースを着た胸元を露わにした女性のポスターが貼ってあり、その下に「mind your gap」と書かれてありました。イギリス流のユーモアを感じました。
(ロンドンの地下鉄、急カーブのホーム)
このエッセイは10年以上前に書き上げたものですので、現在の状況と違う点があるかも知れませんがご了承下さい。