第18回 アンティーク家具の修理と塗装について・その2
第18回 アンティーク家具の修理と塗装について・その2
(コミュニケ2000年10月号掲載)
ヴァイオリンの名器にストラディバリというのがあるのを、読者のみなさんはご存じだと思いますが、あの名器の塗装に使われるニスは、秘伝中の秘伝で門外不出のものであると言われます。
ヴァイオリンやチェロのような弦楽器の塗装には、伝統的にアルコール性のニスが用いられてきました。それは楽器は生き物であり、絶えず空気の出入りを考慮していなければならないからです。アルコールニスで塗装しておけば表面は塗装によって適度に保護され、また一方で空気の出入りは妨げられることなく酸化を促進し、200年前の名器は、独特の音色を醸し出してくれるわけです。テレビなどでコンサート風景が放映され、演奏している楽器が大写しになるとき、表面がボロボロになった楽器を弾いている場面を目にしますが、あれをもし塗装し直したなら、高価な名器を台無しにしてしまうことになるでしょう。
アンティーク家具の塗装も、やはり主にアルコールニスを用います。アルコールニスによって塗装を施された100年以上も前に造られた家具は、空気中の酸素によって適度に酸化され、なんとも言えない味わいを醸し出しています。「修復」とは、それを殺すことなく元の状態に戻すことです。新品同様にしてしまっては失敗なのです。
我々は、ウレタン塗装や、樹脂加工された現代の無機質な大量生産の家具の使用にあまりにも慣れてしまって、このあたりがなかなか理解できません。
アンティーク家具は生き物であって、絶えず空気中の酸素や水分を吸ったり、吐き出したりしています。余りに乾燥の強いところでは、耐えきれなくなって暴れだし、反ったり割れたりします。当然に熱い物を直に乗せると火傷をします。
アルコール塗装は、生き物である木が呼吸できるように、表面をデリケートに塗装し、木と空気の酸化を助けます。そして、その家具が100年経過すれば、100歳の家具としての風格を与えるのです。一方、現代家具の塗装は、熱い物を置いても大丈夫なように表面をコーティングしてしまいます。そしてやがては粗大ゴミとして捨てられてゆく運命にあります。
家具の表面に残っている小さな傷や、輪ジミは家具の勲章です。100年近く経った家具のそれらは、むしろ味わいと言えるもので、新しく塗装し直せば家具の値打ちそのものを損なうことになるのです。
イギリスの業者の塗装の様子
現在では1960年以降のイギリスのビンテージ家具を中心に、ビジネススタイルを変えましたので、それ以前の家具の仕入れは行っていないため、古い家具の修理には対応しておりません。
このエッセイは10年以上前に書き上げたものですので、現在の状況と違う点があるかも知れませんがご了承下さい。